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 山行レポート

       兵庫史44 播磨:史跡の町・播磨町を訪ねる 
2024年2月17日(土) 

  ランク S: 距離 6㎞ : 歩行時間 2時間10分
CL №1205 T.K : SL №1218 K.K
参加人数 23名 (男性 9名 : 女性 14名) 
資料提供 :№1205 T.K 
写真&編集 №1807 T.T


 コース&タイム
 レジメはこちら  地図はこちら
9:05      9:45     9:50/10:15       10/15/45    10/45/12:30
JR三ノ宮--(JR)--土山・・・・・駅前広場(ミーティング)・・・・・別府鉄道廃線跡・・・・・県立考古博物館
          12:35/13:05     13:10/40         14:10/15    
(見学・昼食)・・・・・大中遺跡住居跡・・・・・郷土資料館(見学)・・・・・観梅・・・・・大中埋樋・・・・・
14:40/45           15:00/10         15:25/35      15:38        
ジョセフ・ヒコ銅像・・・・・傳兵衛をたたえる公園・・・・・駅前広場(ミーティング)・・・・・山電播磨町--(山電)--
阪神神戸三宮

リーダーのコメント 
・兵庫史を歩くNo.44 史跡の町・播磨町を訪ねる                                           
・今回の例会のテーマは大中遺跡を見学することと、地元播磨町の生んだ偉人二人の足跡を
 訪ねることであった。    
・下見の時に依頼していたが、考古博物館ではボランティアガイトの方に郷土資料館では学芸員の方に
 丁寧でわかり易い解説をしてもらった。そのおかげで、大中遺跡の概要だけでなく、縄文時代から古墳時代に
 かけての人々がいかに工夫をし、生活を向上させていったかがよく理解できた。
 土器ひとつからでも、その形状の変化で古代人の智慧工夫が読み取れることを教えてもらった。
 貴重な体験ができた。  
・大中遺跡で十分な時間をとったために、二人の偉人、今里傳兵衛とジョセフ・ヒコの足跡を
 訪ねるのが遅くなった。
 大中遺跡の出発が、本来ならばそろそろS例会の解散時間であった。
 そのため駅前での解散が3時半近くになってしまった。
 参加者の中には少し疲れた人もいたであろうが、めったに訪れる機会もないであろう播磨町であり、
 それに免じてごめんなさいと心の中で謝っておいた。                 
・考古博物館の入場料(団体扱い)が70才未満が150円、70才以上が50円であったが、
 参加者23名の内なんと22名が50円であった。(これは笑い話!)


         

土山駅前
駅改札口には明石市Tacoバス(明石市を走るコミュニティバス)の案内がありました。
駅前ロータリーの物見櫓は改装中でした

         

「であいのみち」 レジメ参照
別府鉄道廃線跡跡を整備した全長1,3キロの緑の回廊が大中遺跡まで続き
六つのタイムトンネルゲートと歴史上の出来事をを記した説明版が設置されている

「であいのみち」の足元にある説明版~資料館までの間に時代を遡って数々の歴史的事件が刻まれている    
       
1984年・別府鉄道土山線廃線    1962年・大中遺跡発見    1655年・今里傳兵衛新井用水造る 

 

兵庫県立考古博物館   
 兵庫県内各地の遺跡から出土した考古学資料を展示する参加体験型博物館で,
1階、地階の各フロアにテーマ展示室、発掘広場などのゾーンがある(レジメ参照
         

         
  参加者は 館員の方の館内説明の後ボランティアガイドの方の案内で各フロアを巡り整然と展示された、
県内の遺跡発掘現場から集められた出土品や、作業場、出土地域地図などを見学した
         

 

播磨町郷土資料館 (レジメ参照)   
大中遺跡出土品を展示した資料館で併せて郷土の偉人ジョセフ・ヒコや今里傳兵衛のに関する資料も展示されている
資料館前はかっての別府鉄道軌道跡である
   

         
資料館屋外に展示されている1984年廃線となった別府鉄道の ディーゼル機関車(DC302)を見学、一同しばし童心変えった 

 

 大中遺跡&播磨大中古代の村(レジメ参照)  
昭和47年から「播磨大中遺跡古代の村」として整備された大中遺跡公園は弥生時代終期から古墳時代初頭
(邪馬台国・卑弥呼の時代と同期)、約1900年前から1800年前の時代の代表的な遺跡で
大きな規模の集落跡からは73件の竪穴住居跡が見つかっている。1967年には国の史跡に指定されている

         
70.000平方メートルの広大な遺跡公園に復元された竪穴住居の内の代表的な二つの住居を見学することができ
資料館の職員の方から発掘調査の結果解明した古代の人々の暮らし等の説明も受けることができた  
         

 
復元住居をバックに 於・大中遺跡公園 

   
展望塔
高床式倉庫をイメージ
している 
 
大中遺跡公園東側にある梅林は見頃の季節を迎えており満開の梅の花と香りを堪能した 

 

喜瀬川畔を歩いて播磨町の偉人の足跡をたどる
 例会後半は喜瀬川沿いに南に下り播磨町が生んだ二人の偉人、ジョセフ・ヒコ銅像と今里傳兵衛ゆかりの地を訪ねた

         
ジョセフ・ヒコ銅像 (レジメ参照)   古宮大池 ;新井用水の最下流   今里傳兵衛顕彰碑 (レジメ参照)